私の家は山の向こう―テレサ・テン十年目の真実 (文春文庫)



私の家は山の向こう―テレサ・テン十年目の真実 (文春文庫)
私の家は山の向こう―テレサ・テン十年目の真実 (文春文庫)

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自らの道を切り開いた女性

 本書は彼女の死の真相を暴くといったようなスキャンダラスな本ではなく、丁寧に彼女の生い立ちから、芸能活動、政治との関わり、そしてチェンマイでの過ごし方をつづった読み応えのある立派な伝記でした。彼女は何回かチェンマイに来ていますが、はじめてチェンマイに来てから亡くなるまで1年に満たないということも本書で知った意外な事実でした。

 彼女の人生には現代史における中国人としての苦悩があります。国交が世界に開かれているが民主的とはいえない父祖の国と、民主的になったが国際的な孤立をしている生まれた国。その二つが対立している狭間でどう生きるか彼女は常に決断を強いられ続けます。

 祖国ができることが、また祖国でできることが限られているのなら、自分で自分を何とかしなければならないのです。だから中国人は、特に華僑といわれる在外中国人たちはタフにならざるを得ないのでしょう。国に頼るのではなく国と渡り合って自立しているのです。それが彼らの強さだと思います。

 ひるがえって私はどうでしょうか。国に求めるだけでなく自立できているでしょうか?自問させられました。

 まちがいなく、彼女は強い女性でした。
政治に関わらざるを得なかったテレサテンを描く

テレサテンの中国語曲を聞いてみると、耳元で直接ささやいているかのごとく感情のこもった甘い歌声が聞くものを魅了する。深い情感に満ちた「月亮代表我的心」、静謐感が心にしみる「独上西楼」、初々しい「初恋的地方」、躍動感あふれる「採紅菱」、日本の曲をカバーした「小村之恋」、30年代上海歌謡のリバイバル「天涯歌女」、中華民国の国花を唄った「梅花」(今はYouTubeなどのサイトでビデオが見れます!!)等々、どれも本当に素晴らしくて彼女のファンになった。そして日本では幅広いレパートリーのほんの一部しか唄っていないこと、演歌歌手テレサテンというイメージが、日本向けに作られたものだったこと、がよくわかった。「これからの人生のテーマは中国と闘うことです」と著者に語ったというのには驚いたが、有名歌手になったから自然に周囲の政治的思惑に巻き込まれたのでなく、主体的に政治に関わろうとした側面もあったことを本書を読んで知った。タイトルになっている天安門事件当時に唄ったという「私の家は山の向こう」を聞いてみたが、緩やかなメロディと甘い歌声のなかにも、鋭い政治的メッセージを感じさせる力強い唄い方で、政治に関わらざるを得なかったテレサテンの思いが伝わってきた。
テレサテンの存在の大きさがわかりました

これまでアジア系の演歌歌手という程度にしかテレサテンを意識していませんでしたが、テレビ朝日系のドラマを見てその人生を知り、そしてこの本を手にとりました。
読んでみて中国語圏の中でテレサテンが非常に大きな存在であったという事実をはっきりと認識しました。
またテレサが中国の民主化を心から望み、彼女の歌がその橋渡しになることを夢見ていたことがわかります。
そうした状況から考えると、日本のマーケットは彼女にとっては「お金稼ぎ」の場所という位の置付けでしかなかったのかもしれません。
ただそうだとしても、私のようにテレサテンがどこの国の人間かも知らなかった人がかなりの数いると思われること、「愛人」をはじめとするどちらかといえば俗な内容の歌を彼女に歌わせていたことを考えればやむなしでしょうか。
なお、昭和40年代生まれの私にとって、ところどころにある当時の歌謡界に関する記述は何となく懐かしさを覚えさせるものでもありました。

時の流れを駆け抜けた歌姫

本書を読み、日本での活躍はテレサの全貌のごく一部で、実際は華人社会のトップスター、否それ以上のアイコンであったことがよくわかった。本作の完成に彼女の死後10年を要する程著者の取材は緻密にして丁寧、彼女とその歌に対する愛と敬意に満ちている。スパイ説等のマスコミの報道がいかに無責任かを明らかにしようとする熱意、彼女と電話インタビューをした大陸の記者の浮沈そしてステファンというひもと別れられない、テレサの優しさ・心の空虚さ等への言及が本書を一層魅力あるものにする。

彼女は2つの中国に翻弄されつつも、生まれ育った台湾も大陸(内地)も愛していた。精神汚染として共産党に禁じられた彼女の歌が内地に浸透し、コンサートの招聘を受けるに至った事実は、為政者には抑えきれない程彼女の歌が魅力に溢れていた証左である。そして89年の天安門事件。彼女は香港での民主化支援コンサートで、戦前の望郷の念をこめた抗日歌の歌詞を少し変え、まだ見ぬ内地の人々の暮らしの蹂躙は許さないとの想いを込めて1曲歌った。本書のタイトルはその歌の題名にちなむ。しかし、民主化は粉砕され、彼女は失望し、90年代の低迷、そして早過ぎる死を迎える。まさに現代史の流れを駆け抜けた一生であった。

読後、彼女の中国語の曲、特に「淡淡幽情」を聞いてみたくなった。唐宋詩(詞)への彼女の愛は、同じ漢字文化圏の我々も共感できるから。そして、単行本に付属のCD所収の彼女が聴衆の前では生涯で唯一度あのコンサートで歌ったあの曲と著者とのインタビューでの肉声を。今、北京では公然と彼女のファンクラブが活動している。著者は彼女は勝利したといい、あとがきで北京オリンピックを期に彼女は内地で歌っただろうと想像する。そういう曲の力に希望を託した著者渾身の、稀代の歌姫の生涯を描くノン・フィクションの力作として、本書が多くの人に読まれることを願いたい。

生涯何物にも所属しなかった人

80年代中盤、「テレサ・テンのコンサートに既婚の中年男性が集結している」という記事を一流紙で読んだ記憶がある。彼らは周囲の女性に得られないものを求めてコンサートに足を運び、テレサ・テンの姿にうっとりとしているのだということだった。ふむ。
彼女は「生涯、所属するということを知らなかった人」である。
中国人なのに本土に住めず、台湾では「本土からの引揚者」と差別され、各国を転々とする。そして、芸能活動においても一匹狼。これも悲劇の一因と思う。
テレサのような繊細すぎる芸能人は、ピンハネされてでも、守ってくれる大手プロダクションに所属するべきであった。
ともかく、テレサ・テンは急死した。尾崎豊と同じように。
尾崎豊の死の事情については安部譲二が的を得た分析をしているが、テレサ・テンの死にも謎が多い。本書では、喘息薬の濫用による副作用ではないか、としている。
が、私は94年10月にテレサが仙台を訪れた際のあまりにも不審な行動から、何かを感じないではいられない。
「何か」とは、「依存症の人間のとる行動」だ。
「一刻も早く香港の自宅へ帰りたい」とは、「自宅」そのものではなく「自宅で行う何らかのこと」を指しているのだ。
喘息に苦しんでいるのなら、ある種の禁止薬物は、気道を拡げ、症状をやわらげるにはもってこいではないか。もちろん、その薬物を、日本に持ち込むことは危険すぎてできない。
よって、テレサは日本に来るのを嫌がっていたし、禁断症状に苦しんですぐに帰ってしまった。…と想像する。安部譲二氏なら、なんと言うだろう。
関鍵についての驚くべき詳細な情報を入手するなど、得意の情報収集能力を生かした著者だが、残念ながら、有田氏は男性だ。
ステファンをペットのように「飼った」のはなぜなのかなど、「女性」としてのテレサを全くといっていいほど描けていない。この点については、鋭い女性ライターの労作を待ちたいところだ。



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